水曜日のおばあちゃん(T)昭和40年、小学校で初めての夏休み。
当時の小学校の低学年生は、夏の暑い盛りは昼間の外出を控え昼ごはんの後は昼寝と相場が決まっていた。(それでも現在のように30℃を越える真夏日はまれであったけど) そんなある水曜日の昼寝中、ガラガラと玄関の引き戸が開く音でふと目が覚めた。「はーい」という返事と共に母親がなにやら台所でゴソゴソ。バタバタ廊下を走り、誰かの訪いを受けている様子。 しばらく寝た振りを続けていた後、ムックリ起きだして「ねえ、さっき誰がきたの?」と問いかける息子に、「子供は気にしなくていいの、寝てなさい!」などとわけのわからない叱責を与える母親。 それから何度目かの水曜日、母親はお出かけで白黒テレビを眺めながら一人おにぎりを食べての留守番。 玄関の引き戸がガラガラ。 あれ、お客さんだ?と出迎える小学一年生、廊下の先にある玄関の上がりかまちで立ち尽くす。 クサイ!! ボロをまとったモシャモシャの髪の、見たこともないおばあちゃん。 (あ、ルンペンさんだ。おもらいに来たんだ) 当時は小学一年生でもルンペン&おもらいに、どう対処すれば良いかは知っていた。いつもと勝手の違う出迎えに戸惑うおばあちゃんに、小学一年生は決然と「ちょっと待っててね」と言い切り、台所へ。 おにぎりは食べちゃったし・・・。あたりをごそごそ探し回ると戸棚の中に硬くなった食パンが1枚。おばあちゃんが待っている。トースターで焼くと時間がかかる。 そこで小学一年生はマッチでコンロに火をつけ(このころの小学一年生はマッチで平気に火をつけた)持ち焼き網で、インスタントトースト作成。 いささか焦げ目が黒い網目のトーストを持って玄関へ。土間で座っているおばあちゃんに「はいどうぞ」とわたすと「おありがとうござい〜」。たとえ子供相手でもこの慣用句はかわらず、焦げ目が黒い網目のトーストをむさぼり食べるおばあちゃん。最後にもう一度「おありがとうござい〜」と玄関を後にする。 この日の出来事を隣のモンちゃんに、「おばあちゃんが昼ごはんを食べにくるんだ。毎週水曜日」と教えてあげると、 「うちは木曜日だよ」とモンちゃん。 昭和40年。あのおばあちゃんは、きっと戦災未亡人だったのだろうと今にして思う。当時、新宿の駅前には大勢の傷痍軍人が居並び、揃いの白い衣装でそれぞれおもらいの手法を競いあっていた。子供心に、怖いやら、見てはいけないようやら。水曜日のおばあちゃんとともに、鮮烈な記憶となっている。 |